
私が生まれ、育てていただいた山形には、誇るべき文化と深い歴史、すばらしい農産物、工芸品、観光資源の数々、そして将来への投資となる教育、産業の基盤があります。
大学進学のため故郷を離れ、私は中央省庁(防衛省、外務省)で働いてきました。軍縮外交をはじめ、災害対応や国際平和協力活動など国民の安心と安全を確保する、大変やりがいのある仕事でした。
しかし一方で、国民の目線、生まれ育ったふるさとの目線を忘れていないか、と葛藤することもありました。
世界の変革の中で、日本でも新しい国づくりの流れが始まっている。マネーゲームから人と技術を財産とする国へ、中央政府から地域が主体の世の中へ。
自民党政権の政策立案の一端を担ってきた自分自身が、「このまま変化なく失われた歳月が続くままにしていて良いのだろうか」、「失われた時を取り戻し、新しい国づくりにともに参画したい」、「その中で、守るべきものは守る役割を果たさねば」、といった思いの葛藤でした。
そして、これまでの経験を生かし、ふるさと山形県の潜在力を伸ばし、日本に、世界に優れた山形の価値を広げていきたい。その役割を果たすことこそがふるさとへの思返しであり、私の使命である。そう決意し、行政を脱して山形に戻ってきました。
一度目の挑戦では、力及ばず、議席を得ることはできませんでした。しかし、引き続き踏ん張りながら、いつか必ず、私に投票し期待してくださった22万3千人の皆様はもとより、投票していただけなかったより多くの方々の思いに応え、地域の皆様の力になることができるよう、つとめてまいります。
いのちを守り、安心と安全が確保される社会、将来の基盤となる人づくりを大切にする社会、雇用を確保し、新たな産業振興を手助けして、「人」の力を十分に発揮できる社会。
この山形に、そして日本に、将来への希望と活力に満ちた社会をとり戻す。それが、私のふるさとへの想いです。

